『 VROOOM 』 をレコーディングした後の Double Trio Crimson としての初ライヴを収録した作品。
DGM Live の解説によると、招待客とプレス関係者に向けてのリハーサルのようなものだったらしい。 クリムゾン史上において新編成でのレコーディングが先行してライヴが後となるパターンは珍しく、それだけに公開リハーサルという形で慎重を期したのかもしれない。
アルゼンチンの観客にしてみれば Double Trio フォーマットでのクリムゾンを世界に先駆けて体験できたのは幸せだったと思う。 その一方でこの段階で 『 VROOOM 』 は発表されておらず、” VROOOM ” が2回演奏された上に ” Red ” と ” VROOOM VROOOM ” も出てきて何がなんだか判らなかったのではないかと想像できる。
(追加:2024年3月25日)
アルゼンチンのブエノスアイレスでのお披露目2日目、前日から ” Matte Kudasai ” と新曲 ” People ” が追加されている。
その ” People ” はインスト・ヴァージョンなのだが、ダブル・トリオの編成が活かされた演奏で後のヴォーカル・ヴァージョンより遥かに格好良い。
また初日から演奏されている ” Funky Jam ” は、同年5月の 『 VROOOM 』 のレコーディング・セッションを収録した 『 The VROOOM Sessions 1994 』 に収録されている ” Fashionable ” が元曲となっている。 ” People ” 程の完成度は無いがダブル・トリオとしての可能性が感じられる楽曲である。
ちなみに同アルバムには ” Funky Jam ” という同名異曲が収録されていてちょっとややっこしい。
(追加:2024年3月25日)
Double Trio Crimson のお披露目3日目の演奏。
この日を最後に ” People ” のインスト・ヴァージョンはヴォーカル・ヴァージョンに変更され、” Funky Jam ” という名の ” Fashionable ” は演奏されなくなる。
インスト・ヴァージョンの ” People ” の完成度は高くヴォーカル・ヴァージョンに変更する必要性は感じられないし、” Fashionable ” はダブル・トリオの潜在力を秘めておりライヴを重ねることで成熟する可能性があったはずである。 ヴォーカル曲を増やしていったのはエイドリアン・ブリューの趣向が優先されたのか、それともバンドとしての総意だったのか判らないがどちらにしても勿体ない。
(追加:2024年3月25日)
5日連続公演の後3日挟んで行われたテアトロ・ブロードウェイでの3日連続計4公演の初回のライヴ。
この日の演奏の特徴は、フリップのギターの音が出なくなる場面が多いことである。 しかもよりによって ” VROOOM ”、” Larks' Tongues In Aspic Pt II ”、” VROOOM VROOOM ” といったインスト・ナンバーのソロではなくリフのパートで発生している。 そして他のメンバーがカヴァーすることもできないまま無音状態になる場面もある。
たった3日のブランクでこれだけヘロヘロな演奏になってしまうことから、ダブル・トリオとしての演奏以前に6人での演奏自体が全く熟れていないことが判る。
(追加:2024年8月10日)
テアトロ・ブロードウェイでの2日目の演奏。
セット・リストは基本的に前日と同じ、” Discipline ” がアンコール1曲目に移動しただけである。 前日のような機材トラブルはなく、無難に聴いていられる内容である。
またここで述べておきたいのが ” Sleepless ” についてである。 ダブル・トリオ編成直後からライヴのレパートリーに加わった同曲は、1995年のツアー当初は演奏されていたもののその後この編成では演奏されていない。 基本フォーマットはそのままに、かつ余力が出てくるプレイヤーが遊びを加えるというパターンは ” Sleepless ” においてのみだったので残念である。
(追加:2024年8月10日)
テアトロ・ブロードウェイでの3日連続の3日目でかつ1日2公演の1回目の演奏。 流石にこの日は演奏曲目が少なくなっている。 ただ ”
VROOOM ” を2回演奏しない代わりに ” Red ” を2回演奏している。 また ” Sleepless ” の羽目の外し方はこの日も凄く聴きどころとなっている。
この日の2回の演奏は『 Live In Argentina, 1994 』 として2012年に映像作品がリリースされているが、1回目の演奏からは何故かアンコールの ” Red ” がオミットされている。
(追加:2024年8月10日)
テアトロ・ブロードウェイでの3日目2回目の演奏。
『 Live In Argentina, 1994 』 で確認すると、” Sleepless ” の後に再びステージに戻り、” VROOOM ” 無しで ” Coda Marine 475 ” のみを演奏している。 1回目の演奏は1曲多く、2回目の演奏は1曲少ない。 この辺りの整合性はもう少しなんとかならなかったのだろうか。
” Sleepless ” の演奏はこの日も飛ばしておりステージ上で何が起きているのかを映像版で確認したいのだが、カメラ台数も少なく又遠くからの撮影でぼやけておりよく判らないのが残念である。
(追加:2024年8月10日)
コルドバに移動して行われたライヴを収録した作品。
9月29日にインスト・ヴァージョンとして演奏された ” People ” が、この日始めてヴォーカル・パート込みで演奏されている。 ” People ” は後にヴォーカル曲として完成するが、未完成のヴォーカル+インスト曲のこの日の演奏の方が個人的には好みである。
ちなみに 『 Mr. Stormy's Monday Selections Vol. 4 』 にはこの日の ” People ” のリハーサル音源が収録されており、ライヴでの演奏と同じくヴォーカル+インスト曲である。
(追加:2025年10月25日)
ラプラタに移動して行われたライヴを収録した作品。
残念ながらこの日の演奏の全編は収録されていない。 ” Sex Sleep Eat Drink Dream ” が途中から始まるのだが、他の日のセットリストから推察すると同曲より前に ” VROOOM ~ Coda Marine 475 ” と ” Frame By Frame ” が演奏されていた可能性が高い。 サウンドボードからのレコーディングであることを踏まえると、スタッフ側のミスと思われる。
前回試みた ” People ” は外されているものの全体の内容は良く、” Larks' Tongues In Aspic PT II ” の完成度も高い。 それだけに冒頭部分の録音ミスはもったいない。
(追加:2025年10月25日)
再びブエノス・アイレスのテアトロ・ブロードウェイに戻って行われたライヴを収録した作品。
ダブル・トリオ・クリムゾンの初年度となる1994年、キング・クリムゾンのライヴはアルゼンチンでの14回のみだが、その内8回はこのテアトロ・ブロードウェイで行われている。
慣れ親しんだ会場でのライヴでプラスとマイナスの両方が働いたのか、全体の勢いは素晴らしいのだが、” Discipline ” でのブリューとフリップのシーケンシャル・フレーズでの微妙なズレや、” VROOOM VROOOM ” のラストをしくじっていたりする。
(追加:2025年10月25日)
テアトロ・ブロードウェイでの3日連続の中日で1日2公演の1回目を収録した作品。
ブリューのノイズの差し込み方とか、ドラム2人のおかずの入れ方とかこの回のライヴは演奏の自由度が高めに設定されているように思える。 これが最初から決められていたことなのか、それとも偶発的なものか判らないが少なくとも「ダブル・トリオできっちりと演奏する」ことから逸脱している。
その勢いで演奏された ” Sleepless ” はイントロから飛ばしているおり、最後に落ち着かせるよう ” Heartbeat ” が演奏されているのだが、この ” Heartbeat ” が最もダブル・トリオで演奏する必然性が無い楽曲だったりする。
(追加 : 2026年1月25日)
1日2公演の2回目。
全力で2回のライヴを1日でこなすことは流石にできなかったのか、ゆとりをもった演奏をしている。 その結果細かなミスはあるが全体として無難な内容となっている。 ” Coda Marine 475 ” を単独で最後に単独で演奏しているのには、演奏曲数も契約に含まれていたのかなと邪推もしたくなるが。
またテアトロ・ブロードウェイでのライヴを繰り返した結果なのか、音質が向上している。 オーディオ的に良くなっているというよりも、観衆の反応も含め残響音使い方が明らかに改善されていることが判る。
(追加 : 2026年1月25日)
1994年のキング・クリムゾンのラスト・ライヴを収録した作品。
20日間13回のライヴを通しての試行錯誤は画期的な成果には結びつかなかったように思える。 ” Funky Jam ” はセットリストから外したり ” People ” をヴォーカル・ナンバーに変更したのは、バタつきがちなダブル・トリオでの演奏を落ち着かせる意図があったと思うが、この日の演奏もミスが多い散漫な演奏となっている。
唯一最大の成果は、ダブル・トリオというフォーマットに適した新旧の楽曲と、ダブル・トリオというフォーマットを活かせない新旧の楽曲との差が激しいことが明確になったことだが、この事自体バンドとしては不本意だったはずである。
(追加 : 2026年1月25日)
(追加 : 2026年1月25日)